LVMHのOff-White™出資はFarfetchに何をもたらすのか。資本関係と開示情報から考える

KeijiroToyoda
31 min readJul 28, 2021

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※2021年11月29日ヴァージルの死去を受けて記事末尾に追記

出典: LVMH

キャッシュ→クリエイティブの変換装置

先日の東京オリンピックの開会式、(様々なトラブルもあったものの)その演出に期待してリアルタイムで見た人も多いのではないでしょうか。しかし、例えば北京オリンピックのそれやリオデジャネイロオリンピックの閉会式での引き継ぎの演出と比較すると、「正直物足りない」と感じた方も多いと思います。自分もその例外ではありません。

ただ、これはあくまで感想であり、自分の立場からはあまりにも見えていない事項が多すぎるのであまり批評をするつもりはありません。「見えていない」という前提に立ちつつも同情的な推測をしてみると、今回の開会式には以下のような制約が存在したと思います。

  • 感染対策のための物理的制約
  • 直前の人事にまつわるトラブル等による時間的制約
  • 予算的制約

このような制約が存在する中で関係者の皆様は最大限のパフォーマンスを目指したのだと思います。本当にお疲れ様でした。

さて、上記の制約の内前者2つは今回の開会式に固有のものであるのでひとまず置いておいて、最後の「予算的制約」はかなり一般化して考えることができるものだと思います。すなわち、予算はクリエイティブ制作においてどのようなファクタになりうるか、ということです。

これはクリエイティブに関わる人間の端くれとしての自分の持論ですが、「高品質なクリエイティブが欲しければ、十分な予算が必要」ということは一つ原則として言えるのかなと思っています。

これはもちろん「十分な予算があれば高品質なクリエイティブが制作できる」という意味ではないですし、より断定的な言い方を避けるなら「クリエイティブの受注者/発注者の基本的なマインドとして大事」というべき論です。

具体的には

  • 受注者: 受注金額イコール自身の評価である。高単価な受注をできていないならば、自身の能力は評価の水準に達していないと考えるべき。
  • 発注者: 予算をケチって、望むようなクリエイティブは手に入らない。十分な予算は必要条件だと考えるべき。

といったマインドです。キャッシュをクリエイティブに変換しようと思うなら欠かせない考え方だと僕は信じています。

さて、IOCバッハ会長ほどではないにせよ導入としてはやや長すぎる話になってしまいました。本題に移ります。

今我々が生きる21世紀の世界市場においてキャッシュ→クリエイティブの変換について語るとき、絶対に欠かせない存在があるでしょう。LVMHです。

世界最大の変換装置、LVMH

基礎知識のおさらい

LVMHとは何か。まずは機械的な情報をおさらいしましょう。知っている人も多いと思うので読み飛ばしても問題ありません。以下本記事において数値や為替、その他情報は2021年7月25日付近のものです。

LVMHの名称はモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトンの頭文字であり、世界最大のコングロマリット企業です。その傘下には、名称に含まれるルイ・ヴィトンやモエ・エ・シャンドン、ヘネシーはもちろん、ファッションならディオールやジバンシィ、ロエベ、セリーヌがあり、ワイン&スピリッツならドン・ペリニヨンがあり、腕時計ならウブロやタグ・ホイヤーがあり、ジュエリーならブルガリやティファニーがあります。

そのブランドの数はIRページによるとなんと75。

時価総額は3,400億ユーロ(約44.2兆円)を突破。グッチ等を擁するケリングは938.5億ユーロ、カルティエ等擁するリシュモンは606.5億ユーロの時価総額であることを考えると圧倒的な数字です。

出典: Google

LVとMHが合併しLVMHが設立されたのは1987年ですが、その翌年にディオール擁するベルナール・アルノーが参画して以来、彼が株価が示すような高成長を牽引してきました。現在も取締役会長兼CEOとしてその手腕をふるっており、世界長者番付では3位につけています

怒涛のM&A

LVMHの拡大戦略は怒涛のM&Aや出資によってなされています。2021年だけでも代表的なニュースをまとめてみると、

ティファニーの件は元々2019年に発表され訴訟を経てようやく着地したものですが、この一覧だけで2兆円以上が動いていることがわかりますね。頭がクラクラします。

また、7月にはセリーヌのデザイナーを務めていたフィービー・ファイロがファッション業界に復帰しLVMH傘下でブランドを立ち上げることが発表されました。拡大戦略の手段は買収だけではありません。

ストリートラグジュアリーの王者がついにLVMH傘下に、しかし何か引っかかる

さて、目まぐるしくニュースが続く中新しくとんでもないニュースが7月21日に飛び込んできました。LVMHによるオフホワイト合同会社株の60%の取得です。

なお、金額は非公開ですが “right amount” を支払ったとのこと。さらに、LVMHが以前からオフホワイトの少数株主であったことも明かされました。びっくり。

LVMH公式のリリースはこちら。

(以下社名をオフホワイト、ブランド名をOff-Whiteと表記します。)

Off-Whiteといえば泣く子も黙るストリートラグジュアリーの王者。LVMHによるストリートブランドの過半数株の取得は(おそらく)初めてだと思いますが、オフホワイト創業者兼CEOのヴァージル・アブローは2018年からルイ・ヴィトンのメンズのデザイナーを務めている人物です。このニュース以前から、世界で最も注目されているファッションデザイナーと言っても過言ではありません。

なので、こういった資本関係が生まれるのは不思議なことではないように思えます。

自分もニュースを見た時点では「おお〜ついに!ヴァージルはやっぱりすごいなぁ」くらいの感想しか持っていなかったのですが、冷静に考えてみると奇妙な点が存在します。それは「なぜニューガーズグループ(New Gurads Group)とその親会社ファーフェッチがOff-Whiteを手放したのか?」という点です。

結局確かな結論は出ていないのですが、連休のリソースを注ぎ込んで精一杯分析してみました。ステークホルダーの多い話題になるので、まずは前提知識の確認から始めましょう。例によって知っている人はスキップして問題ありません。

ヴァージル、Off-WhiteとLVMHの関わりの歴史

そもそもヴァージルとLVMHの関わりは彼のファッションデザイナーとしてのキャリアの始まりの時点で存在していました。

2009年、ヴァージル・アブローはカニエ・ウェストと共にLVMH傘下のフェンディのインターンシップに参加します。仕事はコーヒーを買いにいく使いっ走りのような仕事もありまさに “インターンシップ” だったようですが、この時現ルイ・ヴィトンCEOのマイケル・バーク(当時フェンディCEO)に出会って、評価を受けているようです。

その後2012年にカニエのクリエイティブをサポートする形でパイレックス・ビジョンを立ち上げこれがのちにオフホワイト社、そして同社のブランドOff-Whiteになります。後述しますが、ブランド立ち上げの時点でダビデ・ドゥ・ジーリオ等のニューガーズグループ(以下NGG)メンバーからの支援は受けていたようです。

ヴァージルはその後スターダムを駆け上がります。2015年のLVMH Prizeではファイナリストに選出され、Off-Whiteはセレブ御用達のブランドになり、ナイキやイケアとのコラボレーションを展開し、現在に至ります。

しかし、何よりその名声を確固たるものにしたのは、前述の通りヴァージルが2018年にルイ・ヴィトンのメンズのデザイナーに起用されたことかもしれません。フランスのメゾンのデザイナーに黒人が起用されるのは史上初のことです。

余談ですが、ヴァージルによるルイ・ヴィトン初コレクションのショーのフィナーレで虹色のランウェイを歩いてきたヴァージルがカニエと抱き合い涙を流すシーンは、我々も涙なしには見られません。

出典: Vogue / 背後では村上隆が笑顔で二人の動画を撮影中。

ともかく、2009年から現在に至るまでヴァージルとLVMHの関係はその親密さを段階的に増していきました。マイケル・バークCEOはオフホワイトの過半数株取得のリリースに寄せたコメントでヴァージルを高く評価しています。

Virgil has extended the reach of Louis Vuitton’s luxury world.

New Guards Groupとは

引き続き前提知識の確認です。

おそらくファッション好きでなければニューガーズグループ(New Guards Group)という存在は知らないのではないでしょうか。

NGGは複数のストリート系ブランドを束ねるイタリア企業です。小規模なコングロマリットと考えていただいて問題ないですが、その傘下の9つのブランドはOff-Whiteを筆頭にヘロン・プリストンやパーム・エンジェルスなどグローバルで有名なストリート系ブランドが並びます。ちなみに、m-floのVERBALとその妻YOONによるブランドであるアンブッシュも2020年にNGG傘下に入っています。

創業者はダビデ・ドゥ・ジーリオ、マルセロ・ブロン、クラウディオ・アントニオーリの3人で、下記の記事で語られるように2015年のNGG創業の前からヴァージルのサポートはしていたようです。

有料記事ですが、このダビデのインタビューはとても良い&新鮮な内容でおすすめです。何ならヴァージルに2012年にブランド立ち上げを促したのは彼らとのこと。

非公開企業ゆえにその内情に関して確かな情報は少ないです。特に各ブランドとの詳細な資本関係(ここ大事です、後ほど詳しく分析します)など。

しかし、その異質性から注目を浴び続けてきた企業であり、LVMHによる買収/出資という噂も流れました

ファーフェッチによるNGG買収

ところが2019年8月、そんなNGGが突然ファーフェッチ(Farfetch)の傘下に入ることが明かされます。6.75億ドル(約750億円)による100%株式の取得で、赤字企業のファーフェッチには高い買いものです。

ファーフェッチのスクリーンショット

ファーフェッチは2018年9月にNYSEに上場️したラグジュアリーファッションのECプラットフォームです。このNGG買収にはプラットフォームビジネスだけではなく、オリジナル商品によるビジネスを拡大したい目的が存在するであろうことは想像に難くありません。

出典: Google

なお、今でこそ現在時価総額は168億ドルと、LVMHによるティファニー買収の価格すら超えていますが、当時NGGの買収を市場はあまり評価せず、株価は40%下落しました(上記株価推移参照)。結局株価の復調もコロナによるEC需要の評価が大きいと思われるので、NGG買収は評価されていないと言えるでしょう。

さて、ここまで登場したプレイヤーの関係性を整理すると以下の通りです。

こちらの株式比率も再掲。

なぜNGGとファーフェッチがOff-Whiteを手放したのか?

前提の確認が完了したので、改めて当初の疑問に戻ります。なぜファーフェッチとNGGはOff-Whiteを手放してしまうのか。今回のディールによって①LVMH ②ヴァージルとOff-White ③NGGとファーフェッチ、この3者が得るものは何か、冷静に整理していきましょう。

しかし、前者2つの得るものはそこまで複雑ではなく、容易に想像可能です。コラボレーションによってLVMHとヴァージル、Off-Whiteはより大きなシナジーを生むことができるでしょうし、それは公式のリリースでも言及されています。ヴァージルはLVMHの傘下で新たなブランドを立ち上げ、ファッションの枠に止まらないプロジェクトを展開していくようです。下記Vogueの記事もそのような可能性に言及しています。

では、③NGGとファーフェッチ が得るものはキャッシュ以外に何なのでしょう?NGGにとってOff-Whiteは最も大事なブランドであり、ファーフェッチのオリジナル商品の部門(IR資料ではBrand Platformと呼称)にとっても最も大事な存在であることは間違い無いでしょう。手放す理由が見当たらない。

「市場でも評価されていないし、もうオリジナル商品/ブランドはキャッシュに変えたろ!」ということなのでしょうか。まああり得なくは無いですが、ちょっと短絡的すぎてファーフェッチの経営陣を馬鹿にした発想でしょう。

※記事を書き終わった後にこの可能性も無くはないなと気づいてしまいました。本筋からズレるので記事最下部に書きます。

個人的なリサーチの結果、2つの可能性が見えてきました。

  • ①そもそもNGGとファーフェッチの失うものは大きくない説
  • ②ファーフェッチとLVMHは互いに接近したかった説

これらは両立するかもしれないですし、片方は間違っているかもしれませんし、両方とも見当違いかもしれません。それでも、根拠として提示可能なファクトは存在するので、それをベースに読者の皆さんも考えてみてほしいです。というかシンプルに自分のリサーチ不足の可能性があるので、その時は遠慮なく文献を @toyojuni に投げつけてください。

①そもそもNGGとファーフェッチの失うものは大きくない説

提示する仮説

そもそもNGGとオフホワイトの資本関係は希薄で、しかし本出資後もライセンス契約は継続するので、NGGとファーフェッチが失うものはそもそも大きくなかったのではないか。そして、その損失を容易に上回るキャッシュをLVMHから提示されたのではないか。

ファクト

  • NGGとオフホワイトの資本関係を明示した資料はなく、親会社かどうかすらもわからない。(これは自分のリサーチした範囲の話なのでファクトと言いづらいが)
  • NGGメンバーはオフホワイトの創業時からヴァージルを支援していたが、オフホワイトの創業は2012年でNGGの法人化は2015年。(なので、2015年にヴァージルがLVMH Prizeのファイナリストになる程度にはOff-Whiteが成長していたことを考えると、NGGが大量のオフホワイト株を保有するのには金額的に無理がある。)
  • NGGとオフホワイトの間には排他的なライセンス契約が存在し、これは2035年まで有効だが2026年1月1日以降にどちらかによって解除可能になる。
  • ライセンス契約はLVMH出資後も当然有効であるので、今後もNGGはロイヤリティをオフホワイトに支払うことでOff-Whiteの運営として携わり、ファーフェッチはOff-White商品の売り上げを計上することができる。

説明

まず、NGGとオフホワイトの資本関係を明示した資料がないことについて。メディアにおいて慣習的に「親会社」と書かれることは多いですが、自分の調べた範囲ではこの点に関して明示的な一次資料は存在しないし、親会社云々の前にNGGによるオフホワイト株の保有に関しても全くわからない。これに関しては以下の記事も同様の指摘をしています。

Much of that discussion has prompted media outlets to declare that New Guards is Off-White’s “parent company,” that it “owns” Off-White, and most egregiously, “Virgil Abloh doesn’t own Off-White, but he owns its trademark.

意訳

(ファーフェッチによるNGG買収はオフホワイトとNGGの資本関係や契約について多くの議論を巻き起こしたが)議論の末にメディアはNGGをオフホワイトの「親会社」であり、Off-Whiteの商標を「所有」しているなどと報じた。ひどいものだとヴァージルはオフホワイト社のオーナーではなく商標権だけを持っていると報じている。

NGGが親会社かどうかはわからず、一方Off-Whiteの商標を有しているのはオフホワイト社だというの確かだと思います。そしてオフホワイト社の代表はヴァージルです。

自分が「親会社説」を否定したくなるのは法人設立のタイミングも理由のひとつにあります。オフホワイトの前身パイレックス・ビジョンは2012年創業ですが、NGGは3年後の2015年創業なのです。2015年にはヴァージルはLVMH Prizeのファイナリストにもなっていますし、パリコレでのショーも開始しています。この時の企業価値を考えるとNGGがオフホワイトの株を大量に取得するなどは厳しいのではないか…と思ってしまいます。

また、Vogue UKの記事で引用されているヴァージルの声明も、資本関係に全く言及しないあたり匂います。

Abloh released a statement on what the deal means for Off-White’s future: “Off-White LLC, which is controlled by Virgil Abloh, owns the trademark of our brand, and NGG is our exclusive licensee pursuant to a multiyear agreement,” the creative director clarified of the new ownership structure.

あくまでNGGはライセンシーである、と語っているのです。

ライセンス契約の内容

そのライセンス契約とはどのようなものなのでしょうか。その全貌は把握できませんでしたが、上場企業であるところのファーフェッチのAnnual Report(いわゆるForm 10-K)の資料によってその輪郭が見えてきます。

以下は “Risks Relating to our New Guards Business” セクションからの引用です。53ページの下の方です。

New Guards licenses, rather than owns, certain intellectual property related to certain brands within its brand portfolio, and such licenses generally include expiry dates and termination provisions. For example, New Guards’ 54 license of the trademarks of the Off-White brand, which accounted for a majority of our Brand Platform GMV in the year ended December 31, 2020, expires in 2035 and includes a right for either party to opt out of the agreement effective as of January 1, 2026 subject to notice provisions.

すなわち、ライセンスは知的財産権に関するものであり2035年に契約が期限を迎えます。さらに2026年1月1日以降、契約主体である2者のどちらも契約解除を申し出ることができるとのことです。

おそらくライセンスは一般的なものでしょう。NGGはオフホワイトにロイヤリティを支払い、その代わりにOff-Whiteブランドを利用した商品を製造・販売することができ、その売り上げを計上することができます。すなわちファーフェッチの売り上げです。

注目すべきはその期限に関する記述であり、今回のLVMHの出資を経ても少なくとも2025年中はNGGとファーフェッチはOff-Whiteに関する独占販売権を保持したままなのです。今回の出資でLVMHが得たものはOff-Whiteの商標を含むブランドであり、売上ではないのです。また、そのブランド価値を発揮できるのは2026年以降ということになります。

ニューガーズグループ(NEW GUARDS GROUP以下、NGG)は、オフ-ホワイト合同会社とのライセンス契約に基づき、今後も運営パートナーとして「オフ-ホワイト」に携わる。

上記のWWDの日本語記事からの引用ですが、これは通常の買収/出資のニュースにはみられない特異な文章でした。前株主がパートナーとして携わるというのはかなり不可解な話です(そして、運営パートナーという言葉の定義が不明)。

これの意味するところは、ライセンス契約によって発生する強力な制約だったのです。

同氏(マイケル・バーク ルイ・ヴィトン会長兼CEO)は、「ヴァージルとの取引により、NGGとの関係ができて非常にうれしく思っている。彼らは『オフ-ホワイト』を傘下に収め、同ブランドを成功へと導いた。そうした主要なパートナーを変更する必要があると考えていたら、今回の取引はしなかっただろう」と述べた。

こちらの文章から読み取る範囲ではLVMHは「制約」とは捉えていないようですが、実際の腹づもりはわかりませんね。

“平均” 75%の株を保有

一方でこんなファクトも。NGG買収に関するファーフェッチのリリース文からの引用です。

New Guards owns majority stakes (c. 75% on average) in seven popular brands

つまり、NGGは傘下の7ブランドに関して平均75%の株を握っていると言っています。(この時点ではアンブッシュとオープニング・セレモニーが傘下に入っていないので9ではなく7です。)

“owns majority stakes” がどこにかかるか難しいですが、7ブランドを合計して、という風に読み取ることもできます。例えばオフホワイト株の保有率が10%だったとしてもその他のブランドの保有率が86%であれば平均して75%になりますね。

ただ、この株の保有率に関してはこれ以上の結論を出すことは難しかったです。保有率が0%である可能性も、親会社程度の保有率である可能性も、どちらもあるでしょう。確かなのはNGGとオフホワイトの間にはライセンス契約があるということだけです。

しかし、ライセンスの内容を考えると親会社/子会社の関係ではないように見えます。十分な議決権を持っていれば/連結決算が可能であればライセンス契約は必要ないからです。

まとめ: NGGはオフホワイトの少数株主でしかない。2026年1月1日にOff-Whiteの製造販売元はLVMHに?

ファクトを整理したおかげでNGGとファーフェッチのメリットが見えてきました。NGGがオフホワイト株を少数持っていたという前提で話を進めます。

そもそもOff-Whiteをはじめとしたストリートブランドはストリートブームによる恩恵を多分に受けており、これが今後どこまでシュリンクしていくか、未知数な部分があります。2026年以降どこまで売り上げを確保できるかはヴァージルの才能を勘案しても予測が難しいと言えるでしょう。

そこで、2025年までの売り上げの権利は確保したまま今LVMHからキャッシュをもらうことができるとしたらどうでしょう。提示金額によりますがNGGにとってこんなにいい話はないのではないでしょうか。そもそもLVMHがいなかったとしても2026年以降オフホワイトがNGG傘下に残るかは不明ですし。

整理すると

  • NGGの保有オフホワイト株はそもそも多くなかった。
  • 保有株をLVMHに売却しても、ライセンス契約のもと販売製造を続けて売り上げに計上可能。
  • しかもキャッシュが手に入る。

ので、NGGの失ったものは多くないのではないでしょうか。

結論として、2026年1月1日にOff-WhiteはLVMHが製造・販売・流通を担うブランドになるのではないかとここに予想しておきます。NGGが「運営パートナー」なのもおそらくそのタイミングまでかなと。

しかし、逆にいうとLVMHの得たものは多くないということになります。今回の出資は完全にヴァージル・アブローという個人、そしてその才能への出資という側面が大きいのでしょう。

②ファーフェッチとLVMHは互いに接近したかった説

①ではNGGとファーフェッチの損失 < LVMHの提示したキャッシュという金額ベースの話をしましたが、意思決定の根拠には「NGGとの関係ができて非常にうれしく思っている。」の言葉が示すような、もうちょっと別の切り口があって然るべきだとも思います。

提示する仮説

  • ブランド立ち上げのノウハウやデジタル化推進のためにLVMHはNGGとファーフェッチに接近したかった。
  • また、ファーフェッチ側もLVMHを自身のプラットフォームに巻き込みたかった。
  • なので、今回のディールの中で実はLVMHとNGGやファーフェッチとの間に資本関係ができているのではないか

ファクト

  • ファーフェッチはリシュモンとケリング系ファンド、シャネルより出資を受けている。

説明

以下はWWDの2020年11月の有料記事ですが、とりあえずタイトルを見てください(内容もおすすめです)。

記事の内容を超絶単純化すると「ファーフェッチは中国市場とグローバルECを見据えた資本政策を強化している」ということです。

ケリングとリシュモンを巻き込んでいることからも分かる通り、強大なブランドを巻き込んでいけばそれだけでプラットフォーマーとして参入障壁になるのは間違い無いでしょう。

上記記事からの引用ですが、このような構想はもともとケリングが持っていたようです。残念ながらネッタポルテの箱では実現しなかったようですが。

今回の提携のキーマンの一人が、リシュモンのヨハン・ルパート(Johann Rupert)会長兼CEOだ。ルパート会長は15年に、当時子会社のネッタポルテが株式交換形式でユークスと合併し、ユークス ネッタポルテ(YOOX NET-A-PORTER GROUP以下、YNAP)が誕生の際にも、LVMH モエヘネシー・ルイヴィトン(LVMH MOET HENNESSY LOUIS VUITTON以下、LVMH)とケリングに出資を呼びかけていた。

ファーフェッチはシャネルからの出資も受けているので、かなり駒を進めることができていると言えそうです。しかし当然、このゲームの成立のためにはLVMHを巻き込むことが欠かせないでしょう(他にはエルメスとプラダグループですかね)。

一方で、LVMH側もさまざまなデジタル施策を推進していますが「すでにケリングとリシュモンが乗った船」が目の前にあっては指を咥えて眺めていることもできないのではないでしょうか。

そのため、NGGとオフホワイト、ヴァージルを媒介としてファーフェッチとLVMHが接近するのは Win-Win だったのではないか。そのように自分は考えました。

結論として、今回のディールで間接的な資本関係が生まれていてもおかしく無いですし、近いうちに生まれる可能性も十分にあると言えるでしょう。

※オリジナル商品に期待していない可能性

ちょっと悲しい可能性なのでこれには言及したくないですが気づいてしまったので書きます。

出典: Farfetch IR

こちらは2021年1QのファーフェッチのIR資料からの引用です。先述の通りNGG傘下のブランドによる実績は一番下の「Brand Platform」の行です。

売り上げ(Revenue)も粗利(Gross Profit)も、他の部門に比べるとほとんど成長が皆無と言えるのがわかると思います。もちろんコロナ禍の影響もあると思うのですが、オンラインに強みを持っているファーフェッチで一桁台, 粗利でも10%の成長率か…と思ってはしまいます。

いやしかし、コロナ禍によってほとんどのブランドは損害を受けているでしょうから、実績が落ちていないだけでも賞賛すべきものなのでしょう。今はそう信じておきます。

まとめ

まあ、実際のところはわからないです。自分の考えてみた論もググって分かる範囲の情報で考えてみるともっともらしいですが、実際は世界は見えていないことだらけです。

しかし、現在の業界においてヴァージル・アブローという男とファーフェッチという企業は本当に台風の目ですね。何を今更という話ですが、改めて強く感じました。もともとはLVMHの出資のニュースが多すぎるからこれをまとめようという動機で書き始めたブログだったんですが、気づけば主題はその2者に移っていました。

最後に紹介したいのがこの動画です。

ファーフェッチのロゴ・ブランドアイデンティティが変わったのは昨年9月のことですが、これは世間的に好評ではなかったと思っています。おそらく、多くの人には色気のないロゴに見えたのではないでしょうか。

ですが、この動画を見るとファーフェッチがオンライン/オフラインを問わずいかに多様な顧客接点を持ち、単なるオンラインショッピングに止まらない多様な体験を提供しようとしているかが理解できるはずです。

そして、そのような方針を反映して統一されたタイポグラフィとWebサービスっぽさの抜けた堂々たるロゴはどのような使用環境でも一貫したブランドコンセプトを提示してくれるでしょう。

ますます未来が楽しみになる企業です。

終わりに

さて、長文にお付き合いいただきありがとうございました。自分はファッションの人間でもないし財務も人並み程度にしか知らないのに趣味が高じてこんな記事を書いてしまいました。

単純に服は好きなんですけど、それ以上にブランドという変換装置とその経営にすごく興味があるので業界のウォッチは引き続きやっていこうと思います。もちろん服も買っていきたいですが最近はキャッシュがガソリンに変換されているのでなかなか…

記事に関していいね!と思ったら弊社のWebサイトでも訪問してください(?)IT企業のサイバーセキュリティをサポートするベンチャー企業です。アパレルは売っていません。

ではでは。

追記: ヴァージルの死去を受けて

日本時間2021年11月29日未明、ヴァージル・アブローの癌による死去が公表されました。(どこのタイムゾーンかは不明ですが死亡日は28日とされています。)

https://www.instagram.com/p/CW1FDd4oXan

癌という事実はこれまで伏せられており、完全なる青天の霹靂でしたが、2019年から闘病を続けていたようです。

まずはヴァージルの冥福を心から祈りたいと思います。ヴァージルやブランドの将来が楽しみになるこんな記事を書いて4ヶ月後には41歳という若さでこの世を去るだなんて想像だにしませんでした。不謹慎な部分はあるかもしれませんがこの記事で論じたい内容には大きな関わりがあるので軽く追記だけしておきましょう。

まず、死去の4ヶ月前にLVMHやNGGの主要メンバーが癌によってわずかな余命しか残されていないことを知らなかったということはあり得ないでしょう。7月の出資はそれを踏まえたディールということになります。

この記事ではいやらしいことに「出資によって誰が得するのか?」と商売根性丸出しの分析をしてきたわけですが、こうなると解はシンプルですね。ヴァージルはオフホワイト社とOff-Whiteの今後をLVMHに託したのでしょう。

後任デザイナーをアサインし、ブランドを今後も成長させていくには(NGGでもそれは不可能ではないと思いますが)人的・資本的リソースが潤沢なLVMHが最適なパートナーだというのは客観的にも納得できます。

一方、この記事のリサーチにおいて発見したライセンス契約の存在は興味深いまま残るので2026年頭に何が起きるのか引き続き注視したいところです。

ヴァージルの死は本当に悲しいです。僕個人が彼のクリエイションの強いファンというわけではありませんが、世界に熱狂を生み出すその手腕にはいつもワクワクしていました。Rest in power.

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KeijiroToyoda

デザインに多少詳しくて、サイバーセキュリティの仕事をしています